病床にある79歳の父は、視力も弱り、母に読んで聞かせてもらうようだ。昨日は午前中にメールを送っていたのだが、午後6時半頃、二胡母のケータイが鳴った。父からだった。
「お父さんや。」
いつもの第一声。に続き、
「今日はランもメイも来とるそうやなぁ。」
と言う。あ、もうメールを見たんだな、と直感した。
「SKYPEでも、長いことメイの顔見てへんけど、元気か?」
と父が言うので、ケータイをメイに渡す。
二胡母、そのそばで冷や冷やして聞いていた。娘たちの日本語力は、台湾の小学生になってから目に見えて落ちたが、二胡母よりパパといる時間の長いメイの衰えはひどいものだ。じーちゃんとちゃんと会話できるだろうか………
父が何やら話しかけていて、メイは時折うん、うん、と頷いて返事している。やはり、聴力は低下していない。じーちゃんの言うことは全部わかる。ただ、普段から自ら日本語を好んで話そうとはしない。中国語の方が楽なのだ。
何とか無事にメイと父の会話が終わり、ランに代わる。ランは時々、単語がパッと出て来ず、二胡母に尋ねるものの、メイより相当流暢な関西弁(?)を話す。姉妹の日本語力の差は歴然としてきた。
約一ヵ月後日本に帰るが、メイが言葉の壁に疲れて、日本滞在を嫌がるようになるのではないかと、内心案じている。“どちらも頑張って勉強しなきゃ不便だ、困るぞ”という切迫感も小1ではない。
基礎はできているので、元のレベルに戻るのは速いが、中国語道を突っ走るメイに、日本語を振り返る何かきっかけが欲しい。