133.最後の晩餐は「日式刷刷鍋屋」で。台湾人は大のしゃぶしゃぶ好き。娘たち、上海の従姉弟たちとの別れ惜しむ。今日3人は上海へ帰る。

 今月5日、上海から里帰りし、義母宅に泊まっていた夫リーの弟の奥さんと9歳の長女、1歳半の次男は今朝4時半に空港へ向かい、香港経由で夫(リーの弟)と13歳の長男の待つ上海へ帰って行った。次に台湾に戻るのは、きっと旧正月になるだろう。

 よって、今回の「最後の晩餐」になる昨日24日(土)は義妹の希望で、近所の大型「日式刷刷鍋屋」に大人4人、子供4人が集合した。
 この「日式」とか「和風」とは「日本式」の意味で、台湾ではあちこちで目にするおなじみの表現である。「日式刷刷鍋」とは「日本式しゃぶしゃぶ」のことだ。「日式」と表示してあるのに、「えー、日本人こんなの食べないよ〜!」という代物も結構あるので、二胡母、興味津々で初めてのしゃぶしゃぶ店を訪れた。

 台湾人はしゃぶしゃぶが大好きである。しゃぶしゃぶの店やチェーン店は星の数ほどある。
 その中でもゆうべの店は高級店の部類に入り、お得なコースを選び、子供4人を入れても一人当たり400元(約1200円)する。日本円で一食1200円だと驚く金額ではないが、台湾で一食に400元というと、やはりゼイタクなデイナーと感じる。
 ゆうべの店が高い価格設定なのも無理はない。肉にしろ、魚にしろ、種類が豊富で、蟹や海老、牡蠣などの海鮮類もたっぷりある。

 さて、味や、本当に「日式」かという検証だが、だしはおいしかった。調味料もいろいろチョイスできるのだが、二胡母、懐かしい「ポン酢」をベースにしたら立派に「和風」になり、満足した。これは日本では鍋に入れないなあ、と思う物もあったが、台湾風が混ざってもいいにしよう。

 「もうひと晩泊まる!」
と娘たちは主張したが、メイは咳をするし、お腹の調子も悪かったので却下され、どうせ早朝に従姉弟たちはいなくなるのだからランも帰りなさい、とパパに言われたが、ランは泣いて抵抗し、今日日曜日、まもなくやっと帰って来る。

 私も子どもの頃を思い出した。いとこたちと遊ぶのは実に楽しく、別れるのがつらかった。
 ランとメイの中国語も叔母や従姉弟たちと難なく会話できる程度に快復していたのでよかった。

 昨日、台北は雨天だったが、今日はひかえめに晴れて蒸し暑い。
 ゆうべは室内28度に下がり、ホッとできるひとときであった。
posted by 二胡母 at 11:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 上海の親戚たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


115.2年ぶりの再会、上海みやげ、孫たちの集い、1歳半の愛らしさに沸く義母の家。義弟夫婦、2人の子のアメリカ国籍、今も維持する。台湾、40度を超えたら休日になる?!

 昨日は、いつも通り4時に娘たちを幼稚園に迎えに行き、夕食はおばあちゃんちに行ってよばれることになった、と言うと2人とも大喜び。ランとメイの叔母、従姉と従弟の帰りを彼女らも楽しみにしていたのだ。
 それで、ハイスピードで宿題、ランはピアノの練習を済ませた。夫リーは昨日に限って前もって知らされていた残業があり、母娘だけおじゃました。

 せっかく2度目のシャワーをしたのに、歩いて義母宅へ行くとまた汗だく><
 しかし、義母も暑がりで、うちよりクーラーをつけている時間が長く、久しぶりの再会を喜んでいるうちに心地好くなってきた。
「台北、異様に暑いでしょう?もう5日くらいこうなの」と義妹に言うと「上海も似たようなもんよ」とのことだった。
 4人の子どもたちはさっそくおもちゃやボールなどで遊んでいる。初めて見る1歳半のチーチーはプクプクした小熊のように愛らしい。両親、兄、姉の誰にも似ている。前から小さい子に世話を焼くランは、辛抱強くお姉ちゃんぶりを発揮、「チーチー、可愛い〜」と絶賛。
 一方、メイは小3のティンティンとじゃれ合ったり、追いかけっこしたりで、室内でも汗をかいている。4人も孫が揃うと、さすがに義母もうれしそうだ。

 義妹は帰国早々、午前中は皮膚科を受診し、午後はお役所などめぐり、必要な申請や手続きをしていたらしい。義妹たち一家は、年に1〜2度、約1〜2ヶ月間台湾に滞在するだけだが、家族全員の国民健康保険には加入し続けているし、わが家同様、パスポート更新には常に注意が必要なのだ。
 3人の子どものうち、上2人はアメリカで出産しているのでアメリカのパスポートを維持し続けている。高校から渡米させる、とも夫リーを通して聞いたことがある。
 また、末っ子のチーチーは、義妹が上海移住後に妊娠した子だが、彼女は台湾に帰って産むことを望んだので、台湾国籍である。ちなみに、日本と台湾どちらで暮らすことになっても、リーは台湾国籍、私は日本国籍を放棄する予定はない。夫婦のいずれかがどちらかの国の国籍を持っていることによって享受できる恩恵を重視しようと決めたのだ。

 いよいよ夕食の時間に。
みんなが席に着く前に、チーチーは椅子にのぼり、立って、手づかみで黙々と並んだ料理を口に運んでいる。空心菜やセロリを何度も何度も1本ずつ頬張る。肉類は噛み切りにくく苦手だという。
 かなり食べたな、と思っていたら、デザートに切られたマンゴーとグァバも姉たちに負けない勢いでつかむ。

 上海みやげを母娘ともにもらい、7時半「また週末ね」といとまする。
 義母宅を出ると、また熱気に隙間なく覆われる。夜になっても同じ、暑い。バスで帰る。

 今朝のニュースで「もし40度を超えるようなことがあれば、出勤、登校は中止するべきだ」と言っていた。体調を崩す人が続出すると予想されるらしい。
 言うまでもないが、台北は今日もイヤになるほど暑い。二胡母、来客があってもそのまま出られない格好をしている><
 今朝、娘たちと『七夕』の歌を歌い去年の七夕さまには何をしたっけ、と話したのが、せめてもの涼風であった。
posted by 二胡母 at 14:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 上海の親戚たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


114.日本の涼やかな七夕なつかし。台北、今日も猛烈な日差し。上海から義妹と2人の子、台湾へ里帰り。今夜2年ぶりの再会。

 明日は七夕。ささのは さ〜らさら〜…… 短冊に紙縒り、願いごと、日本の七夕が懐かしい。台湾では7月7日は何もない。今日も台北34〜37度で、二胡母の1日3回シャワー記録はまだ更新しそうである。七夕の涼やかな風情など、ここには微塵もない。

 今日午前10時頃、わが家の電話が鳴った。長いこと出会ってないが、誰だかすぐわかる。義妹であった。
 以前話したが、夫リーには独身の姉と弟がいる。弟は3きょうだいの中で一番早く結婚し、中1、小3、そして1歳6ヶ月の子のパパである。私からするとその義弟は建築士で、義姉と義弟一家は数年前、上海に移住した。

 義妹と小3の長女、末っ子の男の子が7月5日に台湾に一時帰国するということは10日ほど前に聞いていた。義弟は仕事、長男はピアノや勉強が忙しく留守番だという。
「3人目が生まれて、交通費もバカにならず、今後台湾への里帰りは旧正月だけにするって言ってなかった?」
 私は思わずリーに言った。
「まあ、そうだけど、上海に帰る時にお袋を一緒に連れて行こうっていう計画だよ。」
 リーの言葉に、私は合点がいった。

 というのは、義弟は7月末から約3ヶ月間長期出張で家を空ける。義母はこれまでも年に1〜2回頼まれて子守りや手伝いに行っていたが、同じ中国語圏とはいえ、気候も勝手も住み慣れた台湾とは違うし、子守りは疲れるしで、今回は上海行きを拒否し続けていた。
 それで事は収まったかに思っていたが、義弟夫婦は強硬手段に出たというわけである。義母にとっては5人目の一番小さな孫を抱き、頼まれたら、もう上海に行くしかない心情になるはずだ、と。

 義姉も義弟一家もすでに台北の家を売り払ったので、帰国した義母宅に滞在する。義母宅は広いのでびくともしない。
「ねえ、ランちゃんとメイちゃん、何時頃幼稚園から帰って来るの? 今日晩ご飯食べにおいでよ、ティンティンも早く会いたいってずっと言ってるし。」
 ティンティンとはランたちの従姉だ。今回も彼女が着られなくなった服をランとメイに持って帰ってくれたと言う。
 義妹たちの帰国早々気が引けたが、今夜母娘3人ごちそうになることにした。私も娘たちも末っ子のチーチーを生で見るのは初めて、可愛いだろうなあ〜。

 義妹は39歳で3人目を産んだ。背が高く、はっきりした性格で活動的、料理やお菓子作りが上手だ。
 彼女らとの再会は約2年ぶり。今月26日まで台湾にいるそうだ。大陸暮らしももう長く、ティンティンは中国語の発音が大陸式になっているだろう。わくわく、どきどき。

posted by 二胡母 at 15:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 上海の親戚たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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