娘たちのことを夫リーに任せられたことで、私は気を楽にして引き続き眼科内を行ったり来たりして検査を受け、何度も目薬もさされた。
網膜はく離については、だいたいのことは知っていた。私は子供の頃から目が悪く、視力だけでなく内部も疲れていると小学生時代に言われた弱視に近い目の持ち主で、網膜はく離などの病気にも要注意、実際、
私の年齢ではまだ早いはずの白内障も1年ほど前から進み始めている。
網膜はく離には何種類か段階とタイプがあるが、私は花医師に網膜の端の方に小さな穴を発見された。裂け目と言ってもいい。網膜はく離は痛いとかかゆいなどの症状がなく、その裂け目が大きくなると、隣り合う硝子体のゲル状液体が網膜内に流れ込み、膜全体がはがれてしまう。
私は幸い小さな裂け目の時に診察を受け、見つかったわけである。
網膜はく離は網膜が剥がれ落ちてしまった後、手術をするが、回復できず失明に至ることもある。それを知っていた私は、まず、目が見えなくなったらランとメイの姿が見られなくなってしまう、と悲しくなってきた。
そして、次に、二胡が弾けなくなる恐怖を感じた。
レーザー手術は5分くらいで終わった。「レーザーが神経にぶつかった時は痛いですよ」と説明があったが、他の部分は平気なのに本当に一部後頭部に響く激痛が走り、思わず「痛い!」と言ってしまう。
気分が悪くなり、しばらく休ませてもらい、また何度も眼球をチェックされ、6時半頃ようやく解放された。
受付時に払った150元(約450円)にいくら上乗せが来るだろうと構えていると、薬局で20元追加と言われただけ、3時からあれだけ多くの器具、機器を使い、レーザー手術を受けても約600円で済んだのだ。経験からいうと、日本なら2万円はしたんじゃないかと思う。視野検査などちょこっとしただけで(3割負担者で)5000円もしたもの。
そうそう、その治療法は「光凝固術」といい、レーザーで裂け目の周囲をふさぐものだ。
しかし、これで100%網膜はく離を阻止できるわけではなく、私は一生、この危険にさらされるのだろう。
個人差はあるが、私はいちだんと視力が低下したのを感じ、左目は白濁する感じがしたので病院へ行った。
みなさんも目をおだいじに。
さあ、今日日曜日も台北暑くなりそうだ。
104. 8歳から強度の近視、乱視を病み、目に泣かされてきた二胡母、白内障が早くも始まり、網膜はく離の兆候見つかる。眼科医院で3時間半の検査、そしてレーザー手術。
私・二胡母、昨日はランとメイを幼稚園に送り届けた足で、眼科医院へ行った。8時半にはまだシャッターが下りたそこに着いた。交通量の多い道路を挟んで、向かいにはランがもうじき入学する小学校がある。
私は8歳の頃から視力が低下し、強度の近視と乱視、それにドライアイを加え、この半生、目には泣かされ続けてきた。今回も痛いとか、かゆいわけではないが、日本にいた頃からとみにまた視力が下がり、左目は白っぽく見える自覚症状が出てきて、台湾に戻ったら、一度しっかり検査しようと思っていたのだ。
この辺りでは設備が揃い、院長の荘朝傑医師はじめ、3名の他の医師とも評判が高く、連日さばけないほどの患者が訪れる眼科は自宅から徒歩5分。9時に開門し、午後診(3;00〜6;00)1番を予約でき、帰宅した。
昨日台北は1日雨模様、気温は低めでも蒸した。診察後そのまま娘たちを幼稚園に迎えにいける用意もして、再度眼科へ。
金曜日の午後は唯一の女医・花医師だ。以前にも診てもらったことがある。
予想通り、目薬で瞳孔を開き、眼底検査をすると言われる。瞳孔が開くものに約1時間かかる。
やっと検査開始。まず左目から診た花医師は、軽い白内障があると言った。これは前にも日本で言われていたので、やっぱり、と思う。確かに左目の見え方が悪くなって、気になっていたのだ。
つぎに、右目。ん?花医師はえらく時間をかけて見ている。何度か舌打ちしたり、首を傾げたりもしている。
4時半には娘たちを迎えに行きたい、と言っていた私。大丈夫、それまでには眼底検査は済みますよ、と医師も答えていたが、
「あなた、まだ帰れませんよ。これから別の検査をします。あなたの網膜に小さな穴が開いてます。放っておいたら非常に危険です。
花医師はメモに「周辺視網膜病変」などと書いて説明してくれた。何かと考えていたら、どうも「網膜剥離(もうまくはくり)」の症状が出始めているとわかる。
この疾患の怖さは知っていた。花医師は少し緊迫した様子で看護士たちにいろいろ指示し、私はさらに何種類かの検査をした。また、院長の荘医師に連絡して、至急病院に戻り、レーザー手術をお願いしたい、と連絡を入れている。もちろん、私がその手術を受けると同意した後でだ。
私は痛み止め(麻酔?)の顆粒を飲み、10分もすると、荘医師が現れ、
一緒に2階へ上がる。
私は会社にいる夫リーにケータイで事情を話し、早めに退社し、娘たちを迎えに行って、外で夕食を食べさせてくれないか頼んだ。彼は承諾してくれた。
午後5時10分だった。
私は8歳の頃から視力が低下し、強度の近視と乱視、それにドライアイを加え、この半生、目には泣かされ続けてきた。今回も痛いとか、かゆいわけではないが、日本にいた頃からとみにまた視力が下がり、左目は白っぽく見える自覚症状が出てきて、台湾に戻ったら、一度しっかり検査しようと思っていたのだ。
この辺りでは設備が揃い、院長の荘朝傑医師はじめ、3名の他の医師とも評判が高く、連日さばけないほどの患者が訪れる眼科は自宅から徒歩5分。9時に開門し、午後診(3;00〜6;00)1番を予約でき、帰宅した。
昨日台北は1日雨模様、気温は低めでも蒸した。診察後そのまま娘たちを幼稚園に迎えにいける用意もして、再度眼科へ。
金曜日の午後は唯一の女医・花医師だ。以前にも診てもらったことがある。
予想通り、目薬で瞳孔を開き、眼底検査をすると言われる。瞳孔が開くものに約1時間かかる。
やっと検査開始。まず左目から診た花医師は、軽い白内障があると言った。これは前にも日本で言われていたので、やっぱり、と思う。確かに左目の見え方が悪くなって、気になっていたのだ。
つぎに、右目。ん?花医師はえらく時間をかけて見ている。何度か舌打ちしたり、首を傾げたりもしている。
4時半には娘たちを迎えに行きたい、と言っていた私。大丈夫、それまでには眼底検査は済みますよ、と医師も答えていたが、
「あなた、まだ帰れませんよ。これから別の検査をします。あなたの網膜に小さな穴が開いてます。放っておいたら非常に危険です。
花医師はメモに「周辺視網膜病変」などと書いて説明してくれた。何かと考えていたら、どうも「網膜剥離(もうまくはくり)」の症状が出始めているとわかる。
この疾患の怖さは知っていた。花医師は少し緊迫した様子で看護士たちにいろいろ指示し、私はさらに何種類かの検査をした。また、院長の荘医師に連絡して、至急病院に戻り、レーザー手術をお願いしたい、と連絡を入れている。もちろん、私がその手術を受けると同意した後でだ。
私は痛み止め(麻酔?)の顆粒を飲み、10分もすると、荘医師が現れ、
一緒に2階へ上がる。
私は会社にいる夫リーにケータイで事情を話し、早めに退社し、娘たちを迎えに行って、外で夕食を食べさせてくれないか頼んだ。彼は承諾してくれた。
午後5時10分だった。

