明日4月6日台北まで持ち帰る荷物の約半分片付いたが、やはり直前にならないと詰め込めないものが多く、結局今日明日が本番になる。
今回1年半ぶりに台湾生活に戻るにあたり、悩んだ事のひとつはランとメイの「本」である。
彼女たちは1歳になるかならないかの頃、絵本を手にした。もちろん文字は読めないが、大きな可愛い絵が描いてあるので好んで見ていた。
そのうち、夫リーが読む経済書や月刊誌など、家にある雑誌や本を開き、目で文字を追っていた。これまたもちろん意味などな〜んにもわかっていないのだが、あたかも興味津々で、熱心な面持ちで笑ったものである。
「本好きな子にしたい」と「何か楽器は習わせたい」は、リーと私共通の願いだったが、果たして、ランもメイも早々にして無類の本好きになった。週末の主なイベントは市内にある図書館めぐりだったとも言える。
1度に20冊ほど借りて来ても、速い時は当日か翌日には全部読んでしまう。特に6歳のランは読むのが速い。本はいくらあっても足りないくらいだ。
さあ、台湾へ帰ったらどうしたものか。日本語の本は少ないし、買っても高い。娘たちの読書量なら、日本から持ち帰っても瞬時に読み終えてしまう。
困った。
しかし、とりあえず小学館の『小学一年生』4月号を買ってやった。
喜んでドリルもやる。「5月号も買って!」とせがむ。
リーは、その本なら台湾の日本系デパートでも売っているはずだ、と言う。
毎月日本語の本が手に入る楽しみ、励み。一冊でもいい。まずは『小学一年生』でやってみよう、と決める。
22.公立幼稚園から私立認定こども園へ。メイ、日本一時帰国の際はどうなる? こども園からの電話。
さしあたって、ランの日本の小学校入学・1年生問題は解決した。
あとは1歳年少のメイである。
これまでランの進路ほど気にかけなかったのは、就学までまだ1年あるからだった。
しかし、娘たちが1年、もしくは1年半通った地元幼稚園(私の母校でもあった)は少子化の煽りを受け3月31日で閉園し、私立の認定こども園に移行してしまったので、一時帰国の際どのような待遇を受けられるのか不安になってきた。
ランが2年間担任していただいた岸本先生がこども園に勤められることになったので、先日お会いした時にその件を話してみた。
「訊いてみて、また連絡します。」
と返事をもらって帰った翌4月1日、さっそくこども園から電話があった。
「一時帰国された時は、いつでもおいでください。」
伝えると、メイは大喜びであった。
もちろん3日でも1週間でも、園児としてお世話になれば保育料等支払わねばならず、計算もしにくいだろうが、とにかく対応していただけそうでホッとした。
数日前から桜も満を持して咲き始めた。
去年に引き続き、今年もう一度娘たちと桜を仰ぎたいと台湾帰国を4月まで引っ張ったとも言える。
桜。日本が誇る春。
あとは1歳年少のメイである。
これまでランの進路ほど気にかけなかったのは、就学までまだ1年あるからだった。
しかし、娘たちが1年、もしくは1年半通った地元幼稚園(私の母校でもあった)は少子化の煽りを受け3月31日で閉園し、私立の認定こども園に移行してしまったので、一時帰国の際どのような待遇を受けられるのか不安になってきた。
ランが2年間担任していただいた岸本先生がこども園に勤められることになったので、先日お会いした時にその件を話してみた。
「訊いてみて、また連絡します。」
と返事をもらって帰った翌4月1日、さっそくこども園から電話があった。
「一時帰国された時は、いつでもおいでください。」
伝えると、メイは大喜びであった。
もちろん3日でも1週間でも、園児としてお世話になれば保育料等支払わねばならず、計算もしにくいだろうが、とにかく対応していただけそうでホッとした。
数日前から桜も満を持して咲き始めた。
去年に引き続き、今年もう一度娘たちと桜を仰ぎたいと台湾帰国を4月まで引っ張ったとも言える。
桜。日本が誇る春。
21.幼稚園と小学校を訪ねる。母、ランの「長期欠席」厭わず、入学、在籍を選ぶ。
昨日は不覚にも荷造りの話だけで終わってしまったが、31日仕事の帰りにランが卒園した幼稚園と、入学する小学校へ寄った。ふたつは同じ敷地内に並んでいる。
園の先生方は年度末と閉園作業のため、5名全員がご出勤であった。公立から私立の認定こども園に移行した後も、ランの担任だった岸本先生はそこに残ることになり、まだホッとしている。
岸本先生には、台湾から一時帰国した際、年長組になるはずのメイは日本滞在中だけでも所定の手続きをすれば臨時入園可能なのか否かをまたメールでお知らせいただくよう頼む。
「ケータイからでも台湾でメールは受信できますので、よろしくお願いします。」
パソコンはほとんどせずケータイ・メールのみ、という人が多い昨今ではよく口にする台詞となった。
てくてく歩いて1分、小学校の玄関に着くと、ちょうどジャージを着た校長先生方が立っておられた。
かねてからランの「4月以降問題」を相談してきた校長先生とは、1年生の担任を公表できる6日、ランと一緒にその先生を訪ね、ご挨拶することを打ち合わせる。教科書ももらい、台湾へ持って帰る。
とにかくこの1年はランも1年生の名簿に載せてもらうことにする。「長期欠席」と記録が残ることを嫌う保護者もいるが、私はランが他の20人の同級生たちとともに入学し、小学校に籍を置く形をすすんで選択した。ランドセルももう準備してある。
園の先生方は年度末と閉園作業のため、5名全員がご出勤であった。公立から私立の認定こども園に移行した後も、ランの担任だった岸本先生はそこに残ることになり、まだホッとしている。
岸本先生には、台湾から一時帰国した際、年長組になるはずのメイは日本滞在中だけでも所定の手続きをすれば臨時入園可能なのか否かをまたメールでお知らせいただくよう頼む。
「ケータイからでも台湾でメールは受信できますので、よろしくお願いします。」
パソコンはほとんどせずケータイ・メールのみ、という人が多い昨今ではよく口にする台詞となった。
てくてく歩いて1分、小学校の玄関に着くと、ちょうどジャージを着た校長先生方が立っておられた。
かねてからランの「4月以降問題」を相談してきた校長先生とは、1年生の担任を公表できる6日、ランと一緒にその先生を訪ね、ご挨拶することを打ち合わせる。教科書ももらい、台湾へ持って帰る。
とにかくこの1年はランも1年生の名簿に載せてもらうことにする。「長期欠席」と記録が残ることを嫌う保護者もいるが、私はランが他の20人の同級生たちとともに入学し、小学校に籍を置く形をすすんで選択した。ランドセルももう準備してある。

