以前、この病院のことをご説明したが、台湾大学病院と並ぶ台湾医療の最高峰である。本院は台北市の北の方にあり、二胡母宅からはたいそう遠い。だが、うまい具合に義母から紹介された精神科の名医・毛医師が月曜の午後以降のみ分院で外来診察を担当するため、通称「三總」に行くのは決まって月曜日なのだ。
長女ランが小学校に上がって以来、月曜日は正午で下校するようになり、仕方なく彼女を三總に連れて行くようになったのだが、とにかく家でじっとしているのが苦手なランは喜んでついて来る。現在、パパが在宅中でもだ。
この三總の分院は、国立台湾大学のそばにある。学生街で、夜市でも有名なところだ。バスで約20分くらいだが、予約番号順にしか診てもらえないので、台湾大学病院と異なり、帰りの時刻を予想しにくいし、待つ時間は格段に長い。
薬だけをもらって帰るなら早いが、二胡母の場合、毎月症状は変化するし(よって薬も変えてもらいたい)、毛医師と話すのが癒やしになるので、毎回我慢強く待っている。ランは退屈しない。病院なのに「もっといたい!」とヘンなことを言う。
二胡母が去年、思いきってその精神科に通うことを公表したのは、精神的疾患に対する偏見を取り除いて欲しい気持ちもあったし、自分もそれでとても反省したからだった。
いわゆる「うつ病」(中国語では“憂鬱症”)は様々な種類があり、症状の幅も実に個人差がある。二胡母の症状も1年前とはちがう。今もっとも顕著でつらいのは、胸が息苦しくなることだが、発症した当初よりはずっとマシに感じる。
簡単に言うと、現在は肉体的症状しかなく、心は自分が意識できる範囲ではいたって健康、考え方もすこぶる前向きなのだ。
今も無意識下では心は病んでいるのだろうが、発症時のような「動きたくない、何もかも億劫(おっくう)だ、外出したくない」などの、自分の意思でコントロールできない心の苦しさはない。
あの症状が治りにくい人は、本当に気の毒だと思う。身体も精神も病んでいるわけなのだから。まだ二胡母のように、いわば「内科的」な苦痛はいい方だと思ってしまう。怠けているのではない。本当に、どうしようもなく全身がだるく、動く気力が消えてしまうのだ。つらかった。
精神的に並外れてたくましいところと、並外れて敏感な面が同居するのも、二胡母に与えられた生涯の宿題みたいなものだろう。困ったものだが、人生のこの段階で、この病を病んでこそ、「私」という人間の個性なのだと思う。