金曜日、胸腔内科診てもらった中国語名“胸悶”は、薬を飲んでもさほど症状は変わらず、そのせいか相変わらず疲れやすく、ゆうべは9時前に寝入ってしまった。この若さで、誠に難儀する。
しかし、ありがたい変化は、体調がすぐれなかったり、寝不足がひどかった翌日は、ベッドに入るとほぼ100%、1時間ほど熟睡できる。依然は「いつでも、どこでも眠れる」人が羨ましくて仕方なかった。
さて、昨日は義母宅に泊まって不在のラン。午前中、夫リーはメイをつれて、義母たちと義母の新居で落ち合うことにして出かけて行った。現在のアパートより広くなり、料理好きな義母はかなり上等なダイニングキッチンを購入することを決めたらしい。新居への移行期間は2ヶ月の猶予があり、5月末まで2つの家を行ったり来たりして、整えていく。
その間、二胡母は、自宅マンション隣りの旅行代理店へ電話し、懇意にしてもらっている曾さんという男性社員がいることを確認してから訪ねた。曾くん、と呼んでもいいくらい若く、弟のような感じだ。日本が好きで、しょっちゅう一人で日本を旅している。
ここ数日間、ユーウツになるほど迷い、考えあぐねていた、夏休み一時帰国の件。早く決断しないと、どんどん飛行機の席は埋まって行き、希望の便が取りにくくなる。
二胡母は曾くんの向かい側に腰掛け、そこの月めくりカレンダーの7月欄を見て、職場の主任に言われたことや、父の容態などを話しながら、心を決めていった。
やはり2週間なんぞ短すぎる。クビになったらなった時のことだ、と開き直る。ほんとのところ、二胡母は2週間で台湾に戻り仕事をしてもいいが、娘たちを少しでも長く、もう一つの故郷の緑の中でのんびり、真っ黒にしてやりたいのだ。
その結果、当初より1週間短縮して、7月5日〜30日に決定。前日まで私のクラスがあり、台北に戻った翌日午後のクラスに出られるよう配慮してもある。
これで行く。主任は、誠意を尽くして説明し、8月には代講をたくさん引き受け、身を粉にして働く所存だ。日本人講師たちが帰国するのは、きっと8月がメインだろうから。