36.東京4月の雪報道にびっくり。初登園の夜、メイが泣き、ランももらい泣き。夫リー、娘たちに厳しく中国語レッスン。

 昨日17日はようやく20度を超え、晴れ間も多く、気持ちの良いお天気となった。この時期に東京で41年ぶりの雪、のニュースに驚いたが、台湾でもあれだけ寒く感じたのだから、それも理解可能な範疇にある。

 さて、その昨日は、義母の実家へマイカーで出かけた。台北から1時間半ほど、客家人が多い地域の一つ苗栗縣。90歳に近い祖母(ランとメイからいうと曾おばあちゃん)がいる。日本の実家を彷彿とさせる、田畑や山の緑まぶしい田舎である。
 台湾に帰って10日余り。台北の街に立っても、こちらの親戚を訪ねても「あー、私はまたこの地に舞い戻り、暮らすことになったんだなぁ」としみじみとした感慨がこみ上げてくる。1994年初めて台北に留学して以来、もう16年の月日が流れたのだ。

 ところで、ランとメイ初登園の後日談がある。
 以前、クラスメイトだった子どもたちがランを覚えていて、こぞってランの手を取り、話しかけ、再会を喜んでくれたし、ランもはにかみながらそれに応えた。
 メイも早々と給食を平らげ、帰宅後まっ先に宿題を済ませたのだったが、夜になって雲行きが怪しくなった。泣いて私に打ち明けるのだ。
「お昼寝の時ね、何人か男の子たちがメイのこと、キライって言ったの。」
 私は聞き返す。
「メイはその子たちが話す中国語がわかったのね?」
メイは頷き、また泣く。日本の幼稚園のお友達に会いたい、と言い出しさらにしゃくりあげ、ランまでもらい泣き、日本が恋しいと言う。

 登園初日。うまく中国語が話せない「外国人」が入って来て、過度に反応する子がいても不思議ではない。たいして悪気はなくても、やんちゃの延長で憎まれ口を叩くこともあるだろう。私は様子を見ようと判断する。

 それから、夫リーが本腰を入れて娘たちの中国語訓練に当たり始めた。こちらの年長組なら、日本語の五十音(かな)にあたる「注音符号」をすでにマスターする頃で、9月からはそれを用いて義務教育を受ける。特にランは急がねばならない。
 リーの焦りとは対照的な娘たちの気が乗らない、のんびりした態度を私は傍観していると、おかしくなってきた。それは、子どもたちのやわらかな頭なら問題ないと、心のどこかで楽観しているからだろう。
 
 
posted by 二胡母 at 07:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 台北の幼稚園生活始まる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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